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コーチの叱り方
鈴木義幸 | 2005年10月19日
企業研修で、
「『しかり上手』だと思う人は手を挙げてください。」
というと、20人の参加者のうち、
多くても3人ぐらいしか手が挙がりません。
1人も手を上げないなどということもままあります。
「『ほめ上手』だと思う人?」
と聞いたときには、半分近くが手を挙げますから、
叱るという行為に対して、
いかに管理職が苦手意識を持っているかがわかります。
「叱れない理由はなんですか?」と聞くと、
「関係を壊すのが怖い」
「部下のモチベーションを下げてしまうのではと心配」
「叱りはじめると自分の感情をコントロールできないのではないかと不安」
など、幾つかの理由が挙がってきます。
いずれにしても、ほとんどの人は
「叱る=声を荒げること」だと捉えています。
果たしてそうでしょうか。
ある本によれば、
叱るとは「挽回への励まし」と定義されるそうです。
つまり、結果として相手が、「よし挽回しよう!」と思うのであれば、
それはどんな言葉を使ったとしても、叱ったことになると。
少し言い方を変えれば、叱るとは「理性的対応」であり、
「感情的反応」である怒るとは違うわけです。
相手の言動に対して反応し、
ただただ強い言葉を浴びせかけるのは、
必ずしも挽回への励ましではありません。
ある企業の社長のコーチングをしていたときのことです。
珍しくセッション以外の時に社長から電話がありました。
聞くと・・・
北海道にいる自分の部下が新規事業に絡んだ案件で、
1億円近い損失を出した。
本来ならば頭から怒鳴りつけるところだが、
今回は少し冷静になって、事の顛末を振り返ってみた。
「もちろん部下にも責任はあるけれども、
準備が万端でないところで、
『早くしろ早くしろ』と先を急がせた自分にも責任の一端があると思う。
だから、今回は彼を責めることは一切せず、
自分から北海道まで出向き部下を励ましてこようと思うが、
それは正しい選択だろうか。
きつい言葉も残した方がいいだろうか。
コーチとしてどう思うか聞かせてほしい」とのことでした。
私は前述の叱るということの定義について、社長に話しました。
社長は電話の向こうで深く大きくあいづちを打ちました。
そして彼は北海道へと向かいました。
朴訥な社長ですから、部下と会っても多くは語らず、
ただ、じっと部下の目を見て、
そして強く一言言ったそうです。
「気を落とすな。頑張れ。」
社長が東京に戻ってから間もなくのことでした。
その部下からメールが来たのは。
そこには・・・
「社長の言葉に勇気づけられました。
絶対に、何があってもこの損失を取り戻したいと思います。」
そう書かれていました。
社長の「挽回への励まし」は成功しました。
人は自分の価値観と合わない、他人の行動を見ると「反応」を起こします。
「俺が新人の頃はそうはしなかった。」
「どうしてこの状況でそういう動きをするんだ。」
いらつきが体を支配します。
しかし、いらつきから言葉を出してしまえば、
「挽回への励まし」とは程遠いものになる可能性が高いですし、
相手もそれを拒絶することでしょう。
自分の中に反応を感じたら、一瞬止まって、
できれば、場所を変えるなど、ほんのちょっとクールダウンさせ、
どんな言葉が相手にとって「挽回への励まし」となるのか、
考えてみてはどうでしょうか。
目的は、自分のいらつきを収めることではないはずですから。
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